1. ジフテリアとは?
ジフテリアは、**Corynebacterium diphtheriae(コリネバクテリウム・ジフテリアエ)**という細菌によって引き起こされる急性細菌感染症です。主に呼吸器に影響を及ぼし、喉や鼻に感染します。まれに皮膚やその他の部位にも感染することがあります。ジフテリアは、予防接種によって大幅に減少しましたが、予防接種を受けていない地域ではいまだに感染のリスクがあります。
2. ジフテリアの病原因子:外毒素
ジフテリアの症状や病態のほとんどは、細菌自体ではなく、ジフテリア外毒素(diphtheria exotoxin)によって引き起こされます。この外毒素は、病原菌の一部がファージ(ウイルス)の感染を受け、毒素産生能を獲得することで生成されます。
外毒素の作用メカニズム
ジフテリア外毒素は、**EF-2(elongation factor-2)と呼ばれる細胞内の重要なタンパク質合成因子を不活性化することで、細胞のタンパク質合成を停止させます。このプロセスは、外毒素がEF-2にリボシル化(ADPリボシル化)**を行うことによって起こります。
- EF-2は、細胞内でのタンパク質合成において、mRNA上のコドンをリボソームが読み取るために必要な因子です。このEF-2が機能しなくなると、細胞はタンパク質を合成できなくなり、最終的に細胞死を引き起こします。
3. 感染経路と症状
ジフテリアは、感染した人の飛沫感染によって広がります。咳やくしゃみを通じて細菌が空気中に放出され、他の人がそれを吸い込むことで感染が広がります。また、皮膚感染もあり、感染した部位に接触することで広がることがあります。
主な症状
ジフテリアの症状は、毒素がどの部位に影響を与えるかによって異なります。
- 喉(咽頭ジフテリア): 最も典型的な症状は、喉や扁桃に灰白色の膜(偽膜)が形成されることです。この偽膜は、剥がすと出血を伴うことがあります。偽膜が気道を塞ぐと呼吸困難や窒息のリスクが生じます。
- 発熱: 中程度の発熱と喉の痛みが初期症状として見られます。
- リンパ節の腫れ: 特に首周りのリンパ節が腫れ、「ブルネック」と呼ばれる特徴的な外観を呈します。
- 毒素の全身性作用: ジフテリア外毒素は血流に乗り、心臓(心筋炎)、神経(末梢神経障害)、腎臓に障害を引き起こすことがあります。
4. 合併症
ジフテリア外毒素が全身に広がると、以下のような重篤な合併症を引き起こすことがあります。
- 心筋炎: 毒素が心筋に達すると心筋炎を引き起こし、致死的な不整脈や心不全を引き起こす可能性があります。
- 神経麻痺: 外毒素が末梢神経を障害すると、筋肉の麻痺が進行します。特に、嚥下や呼吸に関与する筋肉が麻痺すると、生命に危険が及びます。
- 腎不全: 腎臓に毒素が蓄積されると、腎機能が低下する可能性があります。
5. 診断
ジフテリアの診断は、臨床症状および喉や皮膚からの細菌培養によって行われます。偽膜の形成や咽頭炎などの特徴的な症状をもとに診断を行い、細菌検査で確定します。
- 細菌培養: 喉から採取したサンプルを培養して、Corynebacterium diphtheriaeの存在を確認します。
- 毒素検査: 細菌が産生する外毒素の有無を確認する検査も行われることがあります。
6. 治療
ジフテリアは、迅速な治療が必要です。治療の遅れは、合併症や死亡のリスクを高めます。
抗毒素療法
ジフテリア外毒素に対する治療の中心は、抗ジフテリア抗毒素の投与です。この抗毒素は、すでに体内に存在する外毒素を中和する役割を果たしますが、早期に投与されるほど効果的です。
抗生物質
ペニシリンやエリスロマイシンなどの抗生物質も投与され、細菌自体の増殖を抑えることで、感染の拡大を防ぎます。ただし、抗生物質だけでは外毒素の影響を抑えることはできないため、抗毒素と併用することが重要です。
対症療法
気道が閉塞するリスクがある場合には、気道確保のために気管切開が必要となることがあります。また、呼吸や心臓機能が障害された場合は、集中治療室での管理が行われます。
7. 予防
ジフテリアは、ワクチン接種によって予防可能です。ジフテリアトキソイドという無毒化された外毒素を含むワクチンは、幼児期に定期的に接種される「DPTワクチン(ジフテリア、百日咳、破傷風混合ワクチン)」に含まれています。
- ワクチン接種スケジュール: 通常、幼児期に複数回のワクチン接種が行われ、成人期にも追加のブースター接種が推奨されます。
- 免疫の維持: 定期的なブースター接種によって、長期間にわたる免疫が維持されます。
まとめ
ジフテリアは、Corynebacterium diphtheriaeが産生する外毒素によって引き起こされる感染症であり、主に喉や鼻に影響を及ぼします。ジフテリア外毒素は**EF-2(elongation factor-2)に対してリボシル化(ADPリボシル化)**を行い、タンパク質合成を阻害することで細胞にダメージを与えます。治療には抗毒素と抗生物質が重要で、予防にはワクチン接種が最も有効です。