概要
Preiser病 は、手首の舟状骨(しゅうじょうこつ)が血流障害によって壊死し、痛みや腫れ、可動域制限を引き起こす稀な疾患です。この病気は、1910年にドイツの医師G. Preiserによって初めて報告され、明らかな外傷歴がないにもかかわらず、舟状骨に無腐性壊死が起こることが特徴です。多くの場合、手首の橈側(とうそく、親指側)に痛みや腫れが生じ、進行すると関節の変形や握力の低下を引き起こします。
病因
Preiser病の原因は、主に舟状骨の血流障害 によるものです。血流が途絶えることで舟状骨の組織が壊死し、以下のような要因が発症に関与しています:
- 反復性の機械的ストレス: 手首に繰り返し負荷がかかることで、舟状骨に微細な損傷や血流障害が発生する可能性があります。
- 喫煙や飲酒: 喫煙や飲酒が血流を悪化させ、発症リスクを高めます。
- 薬物(ステロイド)の使用: 長期的なステロイド使用が原因となる場合も報告されています。
- 遺伝的要因や全身性疾患: 骨粗鬆症、自己免疫疾患、ループス、関節リウマチなども発症リスクを高める要因です。
症状
Preiser病の主な症状には以下のものがあります:
- 手首の痛み: 親指側の手首に強い痛みが現れ、日常生活や運動が困難になることがあります。
- 腫れ: 手首周辺が腫れ、可動域が制限されることがあります。
- 可動域の制限: 舟状骨の壊死によって手首の動きが制限され、特に背屈や掌屈が困難になることが多いです。
- 握力低下: 進行すると、握力が著しく低下することがあります。
診断
Preiser病の診断は、以下の検査に基づいて行われます:
- X線検査: 初期段階では骨硬化や骨萎縮が見られないことも多いですが、進行すると舟状骨の変形や壊死が確認できます。
- MRI検査: 舟状骨への血流障害を早期に検出できるため、早期診断には重要な検査です。特にT1低信号やT2高信号が見られる場合、壊死の進行が示唆されます。
- CT検査: 骨の構造や壊死の進行度を詳細に確認するために使用されます。
病期分類
Preiser病は、病気の進行状況に応じて以下の段階に分類されます:
- Stage 1: X線検査では異常が見られず、MRIで初期の壊死が確認される。
- Stage 2: 舟状骨の近位部に骨硬化が見られる。
- Stage 3: 舟状骨が断片化し、圧潰が始まる。
- Stage 4: 舟状骨の圧壊が進み、手関節に変形性関節症が生じる。
治療法
Preiser病の治療には、保存療法と手術療法がありますが、保存療法は効果が限定的であり、ほとんどの症例で手術が必要とされています。
保存療法
保存療法としては、ギプスやスプリントでの固定 がありますが、ほとんどの場合、痛みの改善が見られず、最終的には手術が必要になることが多いです。保存療法は病期が進行する前の早期診断が重要です。
手術療法
Preiser病に対する手術は、病期や舟状骨の状態に応じて選択されます。
- 血管柄付き骨移植(VBG)
血管付きの骨を移植して、舟状骨の再血行を促進する手術です。Stage 1やStage 2の早期段階で有効な治療法とされていますが、舟状骨の圧潰が進んでいる場合は効果が限定的です。 - 橈骨閉鎖楔状骨切り術(CRWO)
舟状骨にかかる軸圧を軽減し、痛みや可動域制限を改善する手術です。特に進行期のStage 3やStage 4に適用されることが多く、舟状骨への圧力を分散させ、手関節の可動域や痛みを改善する効果があります。ただし、舟状骨の圧潰を防ぐ効果は十分ではなく、長期的なフォローが必要です。 - サルベージ手術
進行期のPreiser病で、舟状骨の圧潰が進行し、関節機能が著しく低下した場合には、手関節固定術 や 近位手根骨切除術(PRC) などのサルベージ手術が適用されます。
予後
Preiser病は早期診断と治療が行われれば、手関節の機能をある程度回復させることが可能ですが、進行期の症例では関節の変形や機能障害が残る可能性があります。特に、舟状骨が圧潰してしまうと、変形性関節症(SLAC wrist)を引き起こすリスクが高まり、長期的な経過観察と適切な治療が必要です。
まとめ
Preiser病は、手首の舟状骨が血流障害によって壊死する稀な疾患です。早期に診断されれば、血管柄付き骨移植や橈骨閉鎖楔状骨切り術などの手術によって症状を改善できる可能性がありますが、進行した場合には関節機能に大きな影響を与えるため、迅速な対応が重要です。
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