地域高齢者における10年間の認知機能低下予測における歩行速度と握力の役割ーRole of gait speed and grip strength in predicting 10-year cognitive decline among community-dwelling older people.

Chou, M. Y., Nishita, Y., Nakagawa, T., Tange, C., Tomida, M., Shimokata, H., Otsuka, R., Chen, L. K., & Arai, H. (2022). BMC Geriatrics, 22(1), 7. DOI:10.1186/s12877-019-1199-7.

背景

高齢化が進む現代社会において、認知機能の低下 は多くの人々にとって重要な課題となっています。認知機能の低下は、生活の質を損ない、日常生活の独立性を失う原因となるため、早期発見と予防が重要です。近年、歩行速度握力 といった身体的機能が、認知機能低下の予測因子として注目を集めています。本研究では、地域に住む高齢者における歩行速度と握力が、10年間の認知機能低下を予測するかどうかを検討しました。

研究目的

この研究の目的は、歩行速度 および 握力 が、高齢者の長期的な認知機能の低下を予測する上でどのような役割を果たすかを明らかにすることです。特に、これらの身体機能が10年間の追跡期間における認知機能低下とどの程度関連しているかを調査しました。

方法

参加者

この研究には、日本の地域に住む1,096人の高齢者(平均年齢70歳)が参加しました。参加者は、日常生活を自立して行っている地域在住の高齢者で、研究開始時には認知機能に大きな問題がないと評価されていました。

測定方法

  • 歩行速度:4メートルの歩行速度テストを使用して測定しました。このテストでは、参加者が通常の速さで歩く際の速度が記録されます。
  • 握力:ハンドグリップダイナモメーターを使用して、両手の握力を測定しました。強い握力は身体的な健康や機能の良好さを反映しています。
  • 認知機能の評価:2年ごとに**MMSE(Mini-Mental State Examination)およびDSST(Digit Symbol Substitution Test)**を実施して、認知機能の変化を追跡しました。MMSEは認知機能全般を評価する標準的なスクリーニングテストであり、DSSTは処理速度や注意力を測定するテストです。

分析方法

  • 参加者の歩行速度と握力を基にして、2年ごとの認知機能テストの結果との関連を分析しました。10年間にわたりデータを収集し、認知機能の低下 とこれらの身体的指標の相関関係を調査しました。

結果

歩行速度と認知機能低下の関係

研究結果によると、遅い歩行速度 は10年間の追跡期間において、認知機能の低下、特にDSSTスコアの低下と強く関連していました。歩行速度が遅い参加者は、認知機能の低下を示す可能性が高いことが確認されました。このことは、身体的な運動能力が低いことが、処理速度や注意力の低下につながる可能性を示唆しています。

握力と認知機能低下の関係

低い握力 は、MMSEおよびDSSTのスコア低下と有意に関連していることが分かりました。握力が弱い参加者は、全般的な認知機能や処理速度が低下するリスクが高い傾向にありました。これは、筋力が健康や脳機能を支える重要な要素であることを示しています。

身体機能と認知機能の相関

歩行速度と握力の両方が、認知機能の低下を予測する有効な指標であることが明らかになりました。特に、歩行速度は処理速度に、握力は認知機能全般に強く関連していることが示され、これらの身体的な指標を用いることで、認知機能の低下リスクを早期に予測できる可能性が示されました。

考察

なぜ歩行速度が重要なのか?

歩行は、身体機能や神経機能の複雑な調整を必要とする活動です。歩行速度が遅くなることは、単に体力の低下を示すだけでなく、脳の運動制御や認知機能の低下を反映している可能性があります。特に、処理速度や注意力の低下が影響していると考えられ、これが認知機能低下の早期指標となり得ることが示唆されました。

握力の重要性

握力は全身の筋力を反映する指標であり、強い握力は筋骨格系の健康や心血管機能の良好さと関連しています。筋力の低下は、認知機能の低下や精神的な健康状態の悪化と関連していることが多く、握力の測定が認知機能低下の予測に役立つことが確認されました。

予防と介入の可能性

歩行速度や握力が認知機能の低下を予測する指標となることは、早期介入の可能性を広げるものです。高齢者の身体機能を維持・向上させることは、認知機能の維持にも繋がる可能性があります。具体的には、筋力トレーニングやバランス運動、歩行訓練などの運動プログラムが、認知機能低下の予防に役立つと考えられます。

結論

この研究は、歩行速度握力 が、地域に住む高齢者の10年間の認知機能低下を予測する重要な指標であることを示しました。特に、歩行速度の低下は認知機能の処理速度や注意力に、握力の低下は全般的な認知機能に影響を与えることが確認されました。これにより、身体的な健康状態を測定する簡便な手段が、認知機能低下の早期予測に役立つことが示唆され、今後の予防的な介入策の開発に貢献する可能性があります。

出典

Chou, M. Y., Nishita, Y., Nakagawa, T., Tange, C., Tomida, M., Shimokata, H., Otsuka, R., Chen, L. K., & Arai, H. (2022). Role of gait speed and grip strength in predicting 10-year cognitive decline among community-dwelling older people. BMC Geriatrics, 22(1), 7. DOI:10.1186/s12877-019-1199-7.


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