エンテロコッカス心内膜炎(Enterococcal Endocarditis)は、主にEnterococcus faecalisやEnterococcus faeciumなどのグラム陽性球菌が原因で発生する感染性心内膜炎です。この病気は心臓の内膜(心内膜)に感染が広がり、特に人工弁や心内膜に既存の損傷がある患者で発症リスクが高いです。
1. エンテロコッカスとは?
エンテロコッカス属は、腸内に常在するグラム陽性球菌です。エンテロコッカスは、**耐胆汁性(Bile tolerance)**を持っており、胆汁に耐えることができるため、腸管内で生存できます。この特性から、胃腸管を含む消化器系で感染が広がることがあります。
主なエンテロコッカス種:
- Enterococcus faecalis(エンテロコッカス・フェカーリス)
- Enterococcus faecium(エンテロコッカス・フェシウム)
これらは通常は無害な腸内の常在菌ですが、特定の状況下では病原性を示し、特に免疫機能が低下した人や、侵襲的な医療処置を受けた人で感染を引き起こすことがあります。
2. エンテロコッカスによる心内膜炎の感染経路
エンテロコッカスによる心内膜炎は、**血流感染(菌血症)**を通じて心臓の内膜に定着することで発症します。血液を介して心臓の弁や内膜に細菌が付着し、感染を起こします。
- 血流感染の原因:
- 尿路感染症(UTI): 尿道カテーテルや、前立腺肥大症などによる尿路感染が原因となることが多い。
- 消化器系の手術や手技: 大腸の手術や内視鏡検査、膀胱鏡などによって、エンテロコッカスが血流に侵入する可能性が高まります。
- 不適切な生食(生肉や生魚の摂取): 生食を通じて腸内環境が乱れ、エンテロコッカスが異常増殖し、血流に入り込むことがあります。
3. エンテロコッカス心内膜炎の症状
エンテロコッカス心内膜炎の症状は、典型的な感染性心内膜炎の症状と類似していますが、緩やかに進行する場合が多いです。主な症状は以下の通りです。
- 発熱(不明熱がしばしば見られます)
- 疲労感
- 心雑音(心臓弁に感染が広がると新しい雑音が発生)
- 息切れ
- 体重減少
- 末梢症状: 皮膚や指先に小さな出血斑(点状出血)やジェーンウェイ病変(痛みを伴わない出血斑)、オスラー結節(痛みを伴う結節)など
4. 診断
エンテロコッカス心内膜炎の診断は、複数の検査に基づいて行われます。血液培養や画像検査が重要な手がかりとなります。
- 血液培養: 繰り返し行うことで、エンテロコッカス菌(特にEnterococcus faecalis)の検出が行われます。持続的な菌血症が確認されることが重要です。
- エコー検査(心エコー図): 心臓の弁に感染が起こっているかを確認するため、**経食道エコー(TEE)**がしばしば使用されます。弁に植菌(ベジテーション)が見られることが診断の一助になります。
5. 治療
エンテロコッカス心内膜炎の治療は、抗生物質治療が中心です。エンテロコッカスは、一般的なグラム陽性球菌に比べて耐性が高いため、特定の抗生物質の併用が必要になることが多いです。
抗生物質治療:
- **アンピシリン(Ampicillin)やペニシリン(Penicillin)**が、エンテロコッカスに対して有効です。耐性菌に対しては、他の薬剤との併用療法が必要になります。
- **アミノグリコシド(Gentamicin)**との併用療法が推奨される場合があります。これは、相乗効果により殺菌力を高めるためです。
- バンコマイシン(Vancomycin): アンピシリンに耐性のある菌株(VRE: バンコマイシン耐性エンテロコッカス)には、バンコマイシンが使用されることがありますが、これも耐性菌に対しては限界があります。
外科的治療:
感染が進行して心臓弁に重大な損傷がある場合や、抗生物質での治療が不十分な場合には、心臓弁の外科的交換が必要になることがあります。
6. 予防
エンテロコッカス心内膜炎を予防するための対策として、以下の点が重要です。
- 手術や処置前の抗生物質予防投与: 心臓弁に損傷がある患者や人工弁を持つ患者は、尿路や消化器系の手術や処置前に抗生物質の予防投与を行うことが推奨されます。
- 適切な衛生管理: 尿道カテーテルの適切な管理や、消化器手術後の感染管理が重要です。
- 食生活の管理: 特に免疫機能が低下している場合や高齢者は、適切な食品衛生に気をつけることが大切です。生食(生肉や生魚)の摂取は感染リスクを高める可能性があるため注意が必要です。
まとめ
エンテロコッカス心内膜炎は、腸管常在菌であるEnterococcus faecalisなどのグラム陽性球菌が原因となり、心内膜に感染が広がる感染症です。耐胆汁性(Bile tolerance)を持つこれらの菌は、主に尿路感染や消化器系手術を介して血流に侵入します。感染が心臓の弁に定着すると、慢性的な菌血症や心臓機能障害を引き起こすため、迅速な抗生物質治療が必要です。