概要
低アルカリフォスファターゼ症(Hypophosphatasia: HPP) は、骨の発達や硬化に必要な酵素 アルカリフォスファターゼ(ALP) の活性が低下することにより発症する遺伝性疾患です。この疾患の診断は、臨床症状、血液検査、遺伝子検査、画像検査などの複数の基準を組み合わせて行われます。HPPは症状や発症年齢により重症度が異なるため、適切な診断基準が重要です。ここでは、HPPの診断に用いられる主要な基準について詳しく説明します。
1. 血清アルカリフォスファターゼ(ALP)値の低下
重要性
低アルカリフォスファターゼ症の最も明確な診断指標は、血清中の アルカリフォスファターゼ(ALP)活性の低下 です。ALPは、骨、歯、肝臓などの組織で重要な役割を果たしており、ALPの活性が低下すると、骨や歯の形成に必要なカルシウム沈着が不足し、骨形成不全や歯の異常が生じます。
基準
HPPの診断では、年齢および性別に適した基準値に基づいてALP活性が評価されます。小児および成人の基準値は異なるため、年齢ごとの参照範囲に対してALP値がどの程度低いかが評価されます。ALP活性が基準値以下 である場合、HPPが疑われます。
- 小児: 骨の成長が盛んなため、正常なALP値は成人より高い傾向にあります。小児期に低いALP値が確認された場合、HPPの可能性が強く疑われます。
- 成人: 成人ではALPの基準値が下がるため、基準値を下回る数値が確認された場合、特に成人型HPPの診断が考慮されます。
2. 骨および歯の異常(臨床症状)
骨症状
HPPの症状は、骨が十分に石灰化しないことで生じる様々な異常です。以下の骨に関する臨床症状がHPPの診断に重要です。
- 骨折しやすさ: 軽度の外傷でも骨折が頻繁に発生しやすいことが特徴です。特に、長骨(大腿骨、上腕骨など)や脊椎の骨折 が多く見られます。
- 骨の変形: 骨が軟らかく、体重を支えきれないため、脚や脊椎が曲がる などの骨変形が見られることがあります。
- 歩行障害: 小児型HPPでは、骨変形や筋力の低下により、歩行が困難になることが多くあります。
- 骨軟化症: 成人型HPPでは、骨軟化症により骨が脆くなり、股関節や脊椎に慢性的な痛みが生じることがあります。
歯の異常
HPPでは、歯の発育や硬化にも影響が出ます。以下の歯に関する症状が診断の重要な手がかりです。
- 早期の歯の脱落: 特に乳歯が異常に早く脱落することが特徴的です。歯が抜ける際に、歯根が未発達であることが多く、この早期脱落はHPPを示す重要な症状です。
- 歯のエナメル質形成不全: エナメル質が正常に発達しないため、虫歯になりやすいことがあります。
3. 遺伝子検査
ALPL遺伝子変異
HPPの原因は、ALPL遺伝子 の変異です。ALPL遺伝子は、骨や歯の健康に不可欠な 組織非特異的アルカリフォスファターゼ(TNSALP) を生成する役割を持ちます。この遺伝子に変異が生じることで、TNSALPの活性が低下し、骨や歯の発達が阻害されます。
診断における遺伝子検査
遺伝子検査によって、ALPL遺伝子の変異 が確認されることは、HPPの確定診断に大きく寄与します。HPPは常染色体優性遺伝または劣性遺伝のいずれかの形で遺伝するため、家族歴がある場合は特に遺伝子検査が推奨されます。
- 劣性遺伝: 周産期型や重症型の乳児型では、通常、両親から劣性遺伝子を1つずつ受け継ぐことによって発症します。
- 優性遺伝: 成人型HPPや軽度の症状は、通常、優性遺伝によるもので、片方の親から遺伝子変異が受け継がれるケースが多いです。
4. 血液および尿検査
血液検査
ALP活性の低下以外にも、HPPの診断には以下の血液検査が役立ちます。
- ピリドキサール-5′-リン酸(PLP)レベルの上昇: ALPがピリドキサール-5′-リン酸(ビタミンB6の活性型)を分解するため、HPPでは血中のPLPが上昇します。血清PLP濃度が高い場合、HPPの診断に有用なマーカーとなります。
- カルシウムおよびリンのレベル: カルシウムやリンのレベルは通常正常ですが、骨代謝異常が進行している場合、異常な値を示すことがあります。
尿検査
- ホスホエタノールアミン(PEA)の排泄増加: 尿中のホスホエタノールアミン(PEA)レベルが上昇することも、HPPの診断に役立つマーカーです。PEAは骨形成に関与する物質で、HPPでは通常よりも高濃度で尿中に排出されます。
5. 画像検査
X線検査
骨X線検査 では、骨の異常や変形、骨密度の低下が確認されることが一般的です。特に、骨の石灰化不全や骨折の痕跡が見られる場合、HPPが強く疑われます。
- 骨の石灰化不全: 骨が十分に硬化していないため、X線では骨の不均一な石灰化が確認されます。
- 骨変形: 特に重症型のHPPでは、長骨や脊椎に顕著な変形が見られます。
骨密度測定
HPPでは、DXAスキャン を使用して骨密度を測定することが一般的です。骨密度が低下している場合、骨の脆弱性が確認され、骨折リスクが高まっていることを示唆します。
診断基準のまとめ
低アルカリフォスファターゼ症の診断は、以下の基準に基づいて行われます:
- 低下した血清ALP値:年齢および性別に応じた基準値より低いALP値。
- 骨および歯の臨床症状:骨折、骨の変形、歯の早期脱落など。
- ALPL遺伝子の変異:遺伝子検査による変異の確認。
- 血液および尿検査:血中PLPレベルの上昇、尿中PEA排泄量の増加。
- 画像検査:X線やDXAによる骨の石灰化不全や骨密度の低下の確認。
まとめ
低アルカリフォスファターゼ症の診断は、複数の指標を組み合わせることが重要です。血清ALP値の低下はこの疾患の主要な診断マーカーであり、これに加えて臨床症状、遺伝子検査、血液や尿の異常が診断を補強します。早期診断と適切な治療により、HPPの症状を管理し、患者の生活の質を向上させることが可能です。