概要
低アルカリフォスファターゼ症(Hypophosphatasia: HPP) は、骨と歯の形成に重要な酵素である アルカリフォスファターゼ(ALP) の活性が低下することによって引き起こされる遺伝性疾患です。この疾患は、骨が十分に硬化せず、骨の軟化 や 骨折 を引き起こしやすくなります。低アルカリフォスファターゼ症は、症状の重さや発症年齢によりさまざまなタイプがあり、乳児から成人まで発症する可能性があります。
病態
アルカリフォスファターゼ(ALP)は、主に骨、歯、肝臓、腎臓に存在する酵素で、体内で無機ピロリン酸 を分解する役割を果たします。無機ピロリン酸は、骨や歯の形成を阻害する物質であり、ALPが低下すると無機ピロリン酸が蓄積し、骨の石灰化(カルシウム沈着)が不十分となります。その結果、骨が正常に硬くならず、骨形成不全 や 歯の発育異常 が引き起こされます。
原因
低アルカリフォスファターゼ症は、ALPL遺伝子 の変異によって引き起こされます。この遺伝子は、骨や歯に必要な非特異的組織アルカリフォスファターゼ(TNSALP)の生成を制御しており、この遺伝子に変異が生じると、ALPの活性が低下します。HPPは常染色体優性および常染色体劣性遺伝の両方で遺伝する可能性があり、家族歴がある場合に発症リスクが高まります。
タイプと症状
低アルカリフォスファターゼ症には、発症年齢や症状の重さに応じて、いくつかのタイプがあります。
1. 周産期型(Perinatal HPP)
周産期型は、最も重症 なタイプで、出生前から骨の形成が不十分な状態で現れます。この型では、胎児期に骨の発育が遅れ、出生直後から呼吸困難や骨折が生じます。生存率は低く、重度の呼吸障害や骨の変形が起こるため、多くの場合、出生後すぐに致命的です。
2. 乳児型(Infantile HPP)
乳児型は、生後数か月以内に発症します。この型の特徴は、骨の発育不全により骨折や骨変形 が起こりやすく、頭蓋骨の骨化が遅れるため、頭が異常に大きく見えることがあります。また、筋力の低下や食事困難、成長遅延も見られることが多いです。
3. 小児型(Juvenile HPP)
小児型は、幼児期または学童期に発症します。症状には、歩行困難 や 頻繁な骨折、歯の早期脱落(特に乳歯)などが含まれます。この型は、軽度から中等度の骨軟化や骨折を伴い、成長に影響を与えることがあります。
4. 成人型(Adult HPP)
成人型は、通常、骨の発育がある程度正常に進行した後に発症しますが、思春期や成人期に入ってから症状が現れます。特徴的な症状には、大腿骨や足の骨折、股関節の痛み や 骨軟化症 が挙げられます。骨折が治癒しにくいため、骨折後の合併症として変形や慢性的な痛みが残ることがあります。
5. 歯型(Odontohypophosphatasia)
この型は、骨に関する症状はほとんどなく、歯の異常 が主な症状です。特に乳歯が早期に脱落しやすく、歯のエナメル質形成不全や歯周病が見られることが多いです。
診断
低アルカリフォスファターゼ症の診断は、臨床症状や病歴、遺伝的な背景を基に行われます。以下の検査が主に使用されます。
1. 血液検査
低アルカリフォスファターゼ症では、血清アルカリフォスファターゼ(ALP) のレベルが低下しています。通常、この酵素の値が年齢や性別に応じて低いことが診断の一助となります。また、ビタミンB6 の代謝異常も見られるため、血中のピリドキサール-5′-リン酸(PLP)濃度が上昇していることがあります。
2. 尿検査
尿中の ホスホエタノールアミン(PEA) のレベルが高くなることがあり、これも低アルカリフォスファターゼ症のマーカーとして利用されます。
3. 遺伝子検査
ALPL遺伝子 の変異を確認することで、病気の確定診断が行われます。家族歴がある場合、遺伝子検査によってリスク評価を行うことも可能です。
4. 画像検査
X線検査 により、骨の形成不全や骨の変形、骨折の状態が確認されます。骨密度の低下や骨の脆弱性が見られることが一般的です。
治療
低アルカリフォスファターゼ症は根本的な治療が困難な疾患ですが、近年、新しい治療法が開発されつつあります。また、骨の健康を維持するための対症療法が行われます。
1. 酵素補充療法(ERT)
低アルカリフォスファターゼ症において、酵素補充療法(ERT: Enzyme Replacement Therapy) が最も効果的な治療法とされています。酵素補充療法では、欠損したALP酵素を体外から補充することで、骨の石灰化を正常化し、骨形成を促進します。特に重症型の乳児や小児に対しては、早期の酵素補充療法が症状の改善に寄与することが確認されています。
- アスフォターゼ アルファ(Asfotase Alfa): 現在、FDAに承認されている酵素補充薬であり、主に骨形成不全の改善に使用されます。
2. ビタミンとミネラルの補給
ビタミンD や カルシウム の補給は、骨の健康維持に重要です。しかし、これらの補給だけでは根本的な治療にはならないため、補充療法との併用が一般的です。また、ビタミンB6の補給が一部の患者で推奨されることがあります。
3. 対症療法
骨折や変形、筋力低下に対するリハビリテーションや、痛みの管理が行われます。特に、理学療法や適度な運動が骨の強度を高め、生活の質を向上させることが報告されています。
4. 外科的介入
骨の変形や慢性的な骨折が進行した場合、手術 が必要になることがあります。手術では、骨折の治癒を促進したり、骨の変形を矯正するための固定や骨移植が行われます。
予後
低アルカリフォスファターゼ症の予後は、発症のタイミングや治療の開始時期によって異なります。特に周産期型や重症型の乳児型では予後が厳しく、早期の治療が必要です。軽度の症例では、適切な管理により、骨の脆弱性を改善し、生活の質を維持できる可能性が高まります。
まとめ
低アルカリフォスファターゼ症は、骨と歯の健康に大きく影響を与える遺伝性疾患です。早期の診断と適切な治療によって、症状の進行を抑え、骨の健康を保つことが可能です。特に酵素補充療法の導入によって、治療の選択肢が広がり、患者の予後が改善されるケースが増えています。